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03-05-04

Aptiva B75

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日本IBM、本体を2つに分離した、新「Aptiva Sシリーズ」を発表
日本アイ・ビー・エム株式会社は、これまでひとつだったパソコン本体を、日常的に使用する装置を集めた「メディア・コンソール」と、マザーボードやHDDなどを収めた「タワー」に分離した、新しい「スプリット・デザイン」採用の家庭用パソコン「Aptiva Sシリーズ」を発表した。
初代PC。購入時期:1997年の春前ぐらい。
確か30万以上はしたとおもう。最初で最後のメーカー製PC。
当時の白い決まりきった形でしかなかったPCの常識を覆した製品。タワー型自体まだそんなには
出回っていなかった時期ですよ。その中でメディアコンソールといった、特殊な形状と
全身黒のそのボディは群を抜いて目に入りましたね。
メディアコンソールという、FDドライブとCD-ROMドライブがタワーと分離した形。
これを手に入れたときはうれしかったなぁ。買ったときには次のモデルが出てたので一応型落品。
それでも30万以上はしたもんなぁ。
パソコンで何ができるとかもいまいちつかめていない状況。
とりあえず学校で必要になるんで買わないといけないよなぁってかんじで買ってもらいました。
当初はインターネットってのもいまいちわからないでどうせやらないだろうぐらいにしか思っていなかったもんなぁ。
レポートとかサークルの書類だとかをWord、Excelを使って一生懸命書いてたっけ。
この頃のPCと向き合う感覚がひたすら懐かしいです。
ただ、致命的に拡張性がない事に気づいたのはある程度PCに詳しくなってきた後でした。
3年経たないうちに立ち上がらなくなり、修理に出すことになりました。
サポートの言うことにはマザーボードの不良。修理に5万近くかかるとのこと。
おいおい・・・今考えても理不尽な話ですよ。
メーカー製の特殊な形状ってこともありマザーボードだけを買ってきて交換するってことも無理。
当時はメモリーもSIMMからDIMMにすっかり移っていたし、ISAもほとんどなくなっていたし、
わざわざ5万出して直すのもあほらしい話でした。
結局修理はたのまず、新しいPCを買ってしまうことに。それが1999年12月の頃ですからほんと3年経たず、
Aptivaはごみへと変わるのでした・・・
このときの経験からメーカー製のPCは買わないようになったようなもんです。
ただモニターはメディアコンソール部分のための金具を廃棄して壊れるまで長いこと使っていた。
17インチだし、スピーカーもついてるし、何より黒いしでなかなかよかったなぁ。当時としては。